米最高裁の判決、公民権問題で「保守」回帰(1989年6月、島田雄貴)

米司法界が、公民権問題で保守回帰(右傾化)しています。米連邦最高裁は今月に入って、公民権に関し2つの重要な判決を言い渡しました。リーガルジャーナリスト島田雄貴が最高裁の保守化の状況を報告します。

アファーマティブ・アクションは法廷闘争の対象に

最高裁が最近言い渡した判決の1つは、雇用、教育面などで黒人などマイノリティーの優先枠を定めた「アファーマティブ・アクション」が法廷闘争の対象となり得るとしたこと、もう1つは、南北戦争(1861-65年)直後の人種差別禁止法の狭義解釈です。

優先割当率を違憲とした判決

今年1月、バージニア州リッチモンド市の優先割当率を違憲とした判決と合わせ、最高裁の保守化傾向を示すものです。リベラル派は、公立校での人種隔離教育を違憲とした1954年の最高裁判決(ブラウン事件判決)を契機に実績を重ねて来た公民権運動への大きな挑戦と受けとめています。

白人消防士らが提訴

「マーティン・V・ウィルクス」訴訟(米国では訴訟に当事者の名前をつける)で、アラバマ州バーミンガム市の白人消防士らは、1981年に連邦裁判所が認定した市、郡と黒人求職者との間の雇用協定(アファーマティブ・アクションの一環)により、能力に関係なく黒人の職場進出が増えて逆差別を受けている、と主張しました。この協定では、市消防当局に占める黒人の割合が、市の労働人口に占める黒人の割合に追いつくまで、白人と黒人の採用数、昇任対象者を同数にすることが定められています。

訴訟可能に

12日の最高裁の判決は「協定の当事者ではない白人消防士は、協定無効を求めて法廷で争うことができる」としました。判決は、アファーマティブ・アクションそのものを否定しているわけではないが、同制度を支える各地の自治体や企業と被雇用者との取り決めや協定に対する挑戦に事実上のゴーサインを与えたものです。

「憲法修正第14条に反する」との違憲判断

さる1月の「リッチモンド・V・クロッソン」訴訟では、最高裁は、公共事業の契約の30%を黒人などマイノリティーと結ぶとしたバージニア州リッチモンド市の割当制が「人種に関係なく平等な保護」を規定している憲法修正第14条に反する、との違憲判決を下しています。

人種差別禁止法違反で訴える

また、「パターソン・V・マクリーン・クレジット・ユニオン」訴訟では、ノースカロライナ州の会社で出納係を務める黒人女性が、職場で白人女性が絶対にやらないような卑屈な仕事を上司に命じられたとして、1866年の人種差別禁止法を盾に訴えていました。

法律を狭義に解釈

15日の最高裁判決は「人種差別禁止法の対象は雇用段階の差別であり、雇用後の差別行為をも対象にするものではない」と同法をこれまで以上に「狭義」に解釈しました。

原告に証拠を示す責任

このほか、5日、「ウォーズ・コーブ・V・アトニオ」訴訟で、最高裁は「差別行為があったかどうかは雇用者(被告)ではなく被雇用者(原告)が証拠を示さねばならない」と、被雇用者による訴訟に一定の制限を加える判決を下しました。

全米黒人地位向上協会(NAACP)

一連の判決に対し、黒人運動の有力団体、全米黒人地位向上協会(NAACP)のベンジャミン・L・フックス理事は「最高裁の判決が下るたびに我々は暗い過去に引き戻される思いだ」と述べ、「裁判所が適切な処置をとらなければ、この国を覆って来た、またこれからも覆うであろう偏見、差別、隔離、不公正は消えないだろう」と、危機感を訴えました。

50年代以降の公民権運動の終えん

また、ワシントン・ポスト紙のコラムニスト、リチャード・コーエン氏は、「第2のリコンストラクション(再建)(南北戦争直後の黒人の政治進出などを含めた南部再建=リコンストラクション=期に対し、50年代以降の公民権運動をこう呼ぶ)は終えんを迎えた」と嘆きました。

判決はいずれも「5-4」の小差

最高裁判事は全部で9人。リッチモンド判決(6-3)を除く一連の判決はいずれも「5-4」の小差で決まっています。

司法の右傾化を象徴

公民権に関する司法の右傾化は、すでにこの国で進んでいる保守化現象、人種問題の再燃にはずみをつけることが予想されています。

アファーマティブ・アクショとは

〈アファーマティブ・アクション〉 直訳は「積極的措置」。黒人などマイノリティーに対し雇用の機会などを保障、あるいは優先的に与える措置。

裁判所が雇用主に対し「積極措置」を命じることができる

その基本理念は、雇用、昇進形態が一時的に白人に不利に見えようとも、合衆国の歴史の中で長い間、差別を受けて来た黒人に対し、過去の償いの意味からも雇用機会を優先的に与えようというもので、64年の公民権法第7項に、裁判所が雇用主に対し「積極措置」を命じることができる旨規定されています。各省庁、自治体や私企業などの雇用主と被雇用者の間で「積極措置」を講じている所が多いですが、白人側からは「逆差別」として非難が高まっています。(ノースカロライナ、島田雄貴)

米連邦最高裁の判事の構成

〈判事の政治的傾向と判決内容〉
判事名年齢指名大統領 
保守派
ウィリアム・レーンキスト(長官)64ニクソン公民権見直し
アントニン・スカリア53レーガン
アンソニー・ケネディ52レーガン
サンドラ・デイ・オコーナー(女性)69レーガン
バイロン・ホワイト72ケネディ
リベラル派
ウィリアム・ブレナン83アイゼンハワー公民権支持
サーグッド・マーシャル(黒人)80ジョンソン
ハリー・ブラックマン80ニクソン
ジョン・ポール・スチーブンス69フォード

(注)公民権判決のうち、リッチモンド判決のみ、スチーブンス判事は公民権見直しに回る。島田雄貴リーガルオフィス調べ