米たばこメーカーに「15兆円賠償」の判決(島田雄貴)=2000年9月

相次ぐ喫煙被害訴訟で敗訴

アメリカの喫煙被害訴訟で「15兆円の損害賠償」の判決が言い渡されました。米国のたばこメーカーが「倒産に追い込まれるのではないか」と危機感を強めています。伝統農業である葉タバコ栽培に携わってきた農家も「廃業か生産の多角化か」という二者択一を迫られ、焦燥感を募らせています。司法ジャーナリスト島田雄貴を中心とする取材チームが、喫煙問題への対応に苦戦する米国たばこ産業の現状を探りました。

「懲罰的」損害賠償金
フロリダの代表訴訟で

米たばこメーカーの「倒産の危機」が伝えられたのは今年7月。フロリダ州の喫煙者3人がメーカー5社と業界2団体を相手取り、州内の全喫煙者(推定30万-70万人)の健康被害に対する損害賠償支払いを求めていた代表訴訟でメーカー側に計約1450億ドル(約15兆円)という懲罰的損害賠償金の支払いを命じる判決(評決)が言い渡されたからです。

米裁判史上最高の金額
判決が確定すれば倒産

米裁判史上最高となった懲罰的賠償金は、「たばこ5社をそれぞれ10回倒産させるだけの規模」とされ、判決で支払いが確定すれば、メーカー側に壊滅的打撃を与えるのは必至です。

フィリップ・モリスは「評決は不当」

メーカー最大手、フィリップ・モリス社のビル・オールマイヤー副社長は「懲罰的損害賠償金は、会社を倒産させるような規模であってはならないはずだ」と判決・評決の不当を訴えます。

喫煙被害に絡む1000件以上の訴訟

フィリップ・モリスはこのほかにも、喫煙被害に絡む1000件以上の訴訟を抱えているといいます。メーカー側は、四面楚歌(そか)の状態にあるといっていいでしょう。

法的手段に訴え始めたのは、90年代半

米国でのたばこの消費量は、1963年に人口1人当たり4345本をピークに、40年弱で半減しました。80年代以降、嫌煙運動が盛んになり、たばこメーカーは、食品産業に進出するなど経営の多角化に乗り出します。喫煙被害者が法的手段に訴え始めたのは、1990年代半ば以降のことです。

「倒産は回避できる」との見方も

ただ、メーカー側が危機的状況にあることには違いはありませんが、「倒産は回避できる」(米ウォール・ストリート・ジャーナル紙)との見方も出始めています。

医療費補償の訴訟で和解成立
州の訴訟で、30兆円の支払い

メーカー側は1998年にも危機を迎えました。喫煙被害のために支出した医療費の補償を全米50州に求められ、この年、結局和解が成立しはしたものの、メーカーは各州に対し、25年間で計2460億ドル(30兆円)の支払いを約束させられました。

和解金支払いのために値上げ

メーカー側は、和解金の支払いに充てる資金を工面するためたばこの37%値上げを実施。20本入り1箱が2ドル70セント(約290円)になりました。消費は一時落ち込みましたが、値上げ分でその損失は補われました。

再値上げすれば、フロリダ訴訟の賠償額も支払える

同紙によると、メーカー側の年間収入(卸売りベース)は、総額400億ドル(210億箱相当)に達しており、さらに1箱35セント値上げすれば、フロリダ訴訟の賠償額が支払える計算になります。

米政府が原告の訴訟も審理へ

これが事実なら、メーカー側が生き延びる余地はまだあることになります。しかし、3年後には、米政府が原告となって医療費負担の補償を求め新たに起こした賠償請求訴訟の審理も開始される予定です。メーカー側の苦難の道は、今後も続くことになりそうです。

タバコ農家直撃 ケンタッキー州

嫌煙傾向が拡大、定着していくのに伴い消費が落ち込むと、メーカー側に原料を提供する農家が最大の影響を被るのは当然の帰結かもしれません。米国では、タバコ価格を維持し、農家を保護するための生産割当制が取られていますが、減産傾向に歯止めが掛かる様子は見られません。

たばこやパイプに使われる葉タバコ「バーリー」の生産は今年、45%の生産カットとなり、主要産地である米南部の農家が生活を圧迫されています。

島田雄貴リーガルオフィスの調査チーム

島田雄貴リーガルオフィスの調査チームは、最も深刻な打撃を受けているとされるケンタッキー州東部アウズリー郡を訪ねました。

やめるしかない

葉タバコ栽培に専従する小農家が多いこの山間地で25年間、農業を営んできたニール・ホフマンさん(49)は「タバコ栽培を長年続けてきた農家は、ほかの農産物を作れと言われても、その技術がないからなかなかできない。農業をやめるしかなくなる」と小農家の立場を代弁します。

タバコ農家が激減
最盛期だった1950年代半の3分の1

統計によると、92年、州内に約59000戸を数えたタバコ農家は、97年には約45000戸にまで減りました。この数字は、最盛期だった1950年代半ばに比べると3分の1に相当します。

ただ、座して廃業を待つわけにも行きません。「農業以外に生きるすべを知らない」というホフマンさんは4年前、生産の多角化を奨励する地元農協から2000ドル(約21万円)の資金を借り入れ、ヤギの生産を始めました。

ヤギや野菜、果物へ多角化

健康食品ブームで、ヤギの肉と乳がよく売れているという情報を聞きつけてのことです。野菜や果物の生産にも着手しました。

ホフマン農場のように、州内で農産物の多角化に成功している例はまれです。ただ「成功」とは言っても、年収は約18000ドル(約191万円)にとどまり、妻のデニースさん(49)、「父の仕事は継がない」という一人娘の大学生、メーガンさん(20)と一家3人食べていくのが精一杯。デニースさんが農業の傍ら、パートタイムの仕事もこなし、家計を助けています。

南部7州で生産9割

米国でのタバコ栽培は、約400年前に、大西洋沿岸の英植民地(現在のバージニア州)で始まり、南部と中西部一帯に広まりました。現在、17州で年間計25億-30億ドル相当の葉タバコが生産されていますが、ノースカロライナ、サウスカロライナ、ケンタッキー、テネシー、バージニア、ジョージア、フロリダの南部7州でその9割を占めるといいます。タバコ農家の総数は約89000戸(97年)。

「マルボロ」などのフィリップ・モリスがシェア割

メーカーでは、「マルボロ」などの人気銘柄で知られるフィリップ・モリス社(バージニア州)が最大手。米国内市場では5割以上のシェアを占めています。